物語「あんどうクンのたんじょうび」
2006.5.11
あれはボクが小学3年生のときのこと。
同じクラスのあんどうクンの誕生日会があった。
当時は、自分の誕生日に友達数人を自宅に招き、パーティをするのがはやっていた。
お母さんが用意してくれる手料理に、ケーキとジュース、そして盛りだくさんのおやつ。
愛すべき非日常である。
その日はあんどうクンの誕生日で、ボクは何週間も前から、その日が来るのを首を長くして待っていた。
半ドン(注:死語の可能性あり)の土曜日、ボクは一度帰宅してからあんどうクンちに向った。
プレゼントは本屋で買った「コロコロコミックス」。
数日前に悩みに悩んだ末に買った必殺のアイテムだ(キラリ〜ン)。
喜んでくれるかなー、と胸はドキドキ、心はウキウキ。
自宅から歩いて約10分。ボクはあんどうクンちに到着した。
すでにほかの友達は到着していたようで、にぎやかな声が通りにまでこぼれていた。
ピンポーンと玄関のチャイムを押すと、急いであんどうクンが出てきた。
——今思えば、それは神様がボクに与えた試練だったのだろう。
ボクの顔を見たあんどうクンの表情が一瞬くもった。
そして、運命が大きくでんぐり返しをした。
ゴローン。
あんどうクンはためらいがちに、こう言ったのだ。
「あっ、たくべー(当時のボクのあだ名)……どうしたの?」
「どうしたのって、誕生日……」
あんどうクンは、少し戸惑った表情をしたものの、次に決定的な言葉を放った。
「えーっとさ、たくべーのことは呼んでないよ」
呼んでない???
ま、ま、まさか……
呼ばれてない???
ボクが?
今思えば、あのときボクはどんな顏をしていたのだろう?
今にも折れそうな“プライド”が、ボクの落涙を一歩手前で食い止めていた。
「あっ、そっか、そうだったっけ」
ボクはなんとかそれだけを言うと、きびすを返し、とぼとぼとと自宅に向けて歩き出した。
歩きだすとすぐに、目から信じられないくらいたくさんの涙が出てきた。
涙が出るというよりは、おえつしていた。
泣くと胸が痛いということをはじめて知った。
途中で見知らぬ女の人が、「ボクどうしたの?」とやさしく声をかけてくれたが、
ボクは無視して歩き続けた。
胸がつぶれるかと思いながら。
胸などつぶれてしまえと思いながら。
顔面水びたし(鼻水含有率5%)。
手には渡しそこねた「コロコロコミックス」を持ちながら。
必殺のアイテムが、まさか自分を殺すためのものだったとは。
三流ミステリーのオチじゃあるまいし。
やっとの思いで自宅の玄関にたどりつくと、母がびっくりして飛び出してきた。
あたりまえといえばあたりまえか。
喜々として出かけたはずの息子が、わずか20分後に、大泣きして帰ってきたのだから。
結局、慌てた母がすぐさまあんどうクンちに電話を入れた(あんどうクンのママは、ボクが門前払いされたことは知らなかったらしい)。
ボクは母に促されるまま、再びあんどうクンちに向った。
あんどうクンちに着くと、みんなが、なぜかいつも以上に明るくボクを迎えてくれた。
あんどうクンのお母さんが、みんなに事情を説明したのだろう。
即席で作られたボクの席。
あんどうくんのママはそそくさと追加のケーキを買いにでかけるし。
一人だけ色つきの紙皿じゃないし。
どこを見ても痛いことだらけだ。
それから数時間、ボクはあんどうクンちで、みんなとどう過ごしたのかをあまりよく覚えていない。
脳が記憶することを拒んでいたのかもしれない。
ボクは注意深く生きるようになったのは、あのことがきっかけだったのか?
それはよくわからないけど。
人の家にお邪魔するとき、
今でもときおり、あのときの光景がフラッシュバックする。
出てきた人に、
「あっ、たくべー、どうしたの?」
と言われないかと……。
