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勝ち組、負け組? ワタシは無所属

2004.12.14


収入や貯蓄の差だけを採り上げて「勝ち組 負け組」とすみ分けするアホらしさについて、書きたくもないが、書く。


アナタは勝ち組、それとも負け組?


多くの大人たちが、そんなマスコミの作った興味本位な幻想世界に自分自身をカテゴライズし、一喜一憂している。稼ぐ者が「勝ち組」で、稼がない者が「負け組」。人間の評価がたった一つの基準だけで決められてしまう——そんなおかしな考えが、本気でまかり通っているのである。


かつての学歴社会にも似たような側面はあったが、「勝ち組 負け組」という考え方は、それに輪をかけてひどい。「記憶力に優れた人」「優しい人」「自立している人」「計画性がある人」「話上手な人」「足が速い人」「他人に好かれる人」「人見知りしない人」「勇気のある人」「創造性に優れた人」……細かいことまで言えば、「早起きが得意な人」「料理上手な人」「クジ運の強い人」「酒豪」「物まねのウマい人」……等々、人にはそれぞれ数千数万もの長所や短所があり、それらの総合を人格と呼ぶのではなかろうか。


人間の良し悪しを、一つの方向からしか見ない、見えない、見ようとしない、そんな魅力のない社会を作ってしまって本当にいいのだろうか? 大人たちの緊張感や閉塞感は、おのずと子供たちにも伝染していくだろう。子供たちが「勝ち組 負け組」という杓子定規な視点で物事を考えるようなことになれば、それこそこの国の行く末は真っ暗闇である。


そもそも人生に勝ちとか、負けとかって何なのだろう? 「勝ち組 負け組」という言葉を使い、信じる人たちは、そんな疑問への答えを本当に導き出せているのだろうか。


老若男女問わず自殺者が急増している。一元的な価値しかもとうとしない社会に対して、希望や目標や喜びを見いだすことができず、尊い命を絶っている。やりきれない話だ。


「勝ち組 負け組」という短絡的な考え方ほど、世の中に厭世観を広め、人間の「人格」や「生」の意味を誤らせるものはないと思う。


生意気なようだが、もっと自分という命を深く見つめてほしい。もし勝ち負けを決めたいのであれば、自分の価値にしたがって、死ぬ間際に自分自身で判断をくだせばいい。


人間はいつでも、ダレでも、どんなときでも、気持ち次第で「勝ち組」なれる。


違うだろうか?

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